貧乏だと気付いたのは中学生の時

体験談

ハッキリとした時期は曖昧ですが、僕が気づいたのは中学1年

学校には色々と費用がかかります、その為昔は(今は分かりませんが)茶封筒にお金を入れて学校の先生に渡すって事をやってたと思います

「給食費」「PTA会費」「修学旅行費」などなど色々あったと思いますが私はこれらを封筒に入れて学校に提出をした記憶がほとんどありません

親にはこの封筒を渡しています

でも親からこの封筒にお金を入れて渡されることはほとんどありませんでした

その封筒は1月から12月までの枠があり、支払いが完了すると「済」の印が押され手元に戻ってくる

そしてそれを1年間使い続けていくというスタイル

このやり方は中学の終わりまで続きます

正直ちゃんと払っていたかどうかは定かではありませんが、支払いは遅れていたのは間違いないと思います

遠目でみんなの茶封筒に「済」印が押されてるのを羨ましく思いながら見ていた記憶

1年が終わる頃、給食費の封筒に「済」印が押されているのは1個か2個ほど

PTA会費の封筒に至っては使った記憶がない

中学2年になってもそれは続いて、朝のホームルームでみんなが提出している時、自分だけ席に座って待っている時間がとても嫌だった

運が良かったのは周りの友達はこの件については知らなかった事

もしバレていたらきっと「給食タダ飯」というレッテルを貼られていたかもしれません

払っているのか聞いてみた

流石の僕も気になって聞いてみたことがあります

返答は「直接役場に払っているから大丈夫」と言われました

当時の僕は特に気にも留めなかったですがとりあえず「払っている」と言われたことに安堵した記憶です

そうか、だから別に学校に持って行かなくてもいいのか、と納得しました

私自身頭も良くなくて物事を難しく深く考えるという行為は全然できませんでした

毎日をただなんとなく勢いで生きてきた感じです

ただ他とちょっと違ったのは「よく人の顔色を伺う」事でした

お金に関して聞いたときはよく母親は嫌そうな雰囲気だったりどこか別のことを考えているような対応でした

でもこの時は「なんとか払ってくれているんだな」と

なんとなくお金がないことは察していました

給食を持ち帰るようになった

家にはお金がない、そう思ったので給食がパンの日は必ず食べずに持って帰っていました

母の明日の昼ごはんにでもなってくれればいいと思って給食の時はパンだけじゃなく持って帰れそうなものは積極的に持って帰っていました

自分にはそれぐらいしかできない、まだ稼ぐことも出来ないからわがままを言わず

晩御飯も「おかずは?」みたいな献立でも黙って食べてました

思えば育ち盛りの時期なのに自分がこんなに痩せ細っていたのはあまり食べていなかったからなのかなと今では思います

一緒にスーパーに行った時

よくスーパーには一緒に行っていました

もっと小さい頃は「みんな好きなお菓子一つ持っておいで〜」となっていましたがこの時にはもう「お金がないから」「高いから」との理由でお菓子はほとんど買ってくれませんでした

たぶん買ってもらっても100円未満の物(駄菓子系のお菓子だったかなぁ)

まぁこれに関してはほとんどの家庭は言われているでしょうね

でも大人になった自分が今思うのは

子供の前で「お金がないから」なんて言うのはやめてほしいね

それを言われると今後ずーっと「家にはお金がないんだ」って思って頼めるものも頼めなくなるから

今親の立場の人は子どもの前では言わないよう気をつけてほしい

最後に

まだ全部ではないですが私の子ども時代の事を少し書いてみました

ぼちぼちまた書いていきます

当時は嫌な気持ちで過ごしてたのでどこかのお父さんやお母さんに届いてほしいなぁってふと思って書きました

子どもの可能性を広げられるのは親なので、どうか子どもには気を遣わせないでほしいな

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